保育園運営

保育園、こども園の園長、主任、リーダーが考えるべき「職員育成」について1

保育園、こども園の園長先生、主任先生、リーダーなど、職員育成に悩まれている方向けに、今回からしばらく、「職員育成」について取り上げたいと思います。
「職員育成」は保育園やこども園に限ったことではなく、ほぼどの組織においても永遠のテーマだと思います。

保育園、こども園の「最近の若い人たちは・・・」能力が低下しているのか?

「なかなか思うように職員が育たない」
「最近の若い子は・・・」
「何度も同じことを繰り返し言わないとできない」等々・・・

日々園長先生やリーダーの方のお話をお伺いしていると、この手のお話には枚挙にいとまがありません。

特に、私たちが若い職員のことを語る時、
「最近の若い人たちは・・・」と、つい口走ってしまいます。

しかし・・・この言葉は古代エジプト時代からあるのだそうです。

もし、この言葉が真実だとすると、人類はとっくの昔に滅びてしまっているのではないかと思われます。
退化し続ける生物が何千年も生き残っていけるとは到底思えない。
けれど、人類は今もあり続けています。

これまで多くの方を対象に研修してきて、職員おひとりおひとりの能力に差などないと私自身は感じています。
恐ろしく能力が高い人にも、恐ろしく能力が低い人にも出会ったことがありません。
ましてや、年々能力が低下してきているということも実のところ感じたことがありません。
(よく研修会でお話をしては皆さんから反感を買うのですが・・・。)

保育園、こども園の若い職員を誰が育てるべき?

「社会に入る時には、社会人としての意識をもつべき」
「もっと挨拶や礼儀などを身に付けるべき」
「家庭が、いや養成校がしっかりと学生を育てるべき」

こんな言葉も漏れ聞こえてきます。

しかし・・・若い人達に対して「あるべき論」を振りかざしてみたところで、
何の解決策を見出すこともできません。

もはや私たち以外の「他」に責任の所在を求めたところで、全く意味を為さないのだと思います。
私たち自身がこの問題を受け止め、解決行動を図る以外にないのです。

最近の若い職員は本当に「ダメ」なのか

皆さんは日本体育大学の集団行動をご存知でしょうか。
一糸乱れぬ隊列を組み、学生が行進するのですが、あの練習は体育大学の学生と雖も落伍者が出るくらい厳しいのだそうです。
あの姿を見ていると、私などは到底「最近の若い人」にかないません。

「ゆとり世代の人たちは辛抱が足りない」
「すぐ嫌なことがあると辞めてしまう」
というお話もお伺いします。
しかし現状、入職後の離職率はこの30年間全く変わっていません。

確かに、家庭環境や時代背景が私たちの頃と大きく様変わりしていることは事実だと思います。
けれど、だからと言って若い人達が「ダメになった」「辛抱が足りない」とは全くもって思えません。
実のところ、私は、若いころは本当に何もできないひどい人間だったんです。
それだけは事実です。

けれど、そんなダメな私が、今の年齢になると「最近の・・・」と言いだします。
きっと私たちは、若いころから今の自分だったと錯覚したり、
自分のことは棚に上げて、昔の自分のことはてっきり忘れ去ってしまっているのでしょう。

とはいえ、若い職員が未熟なのは確かです。

若い職員が未熟なのは当然のこと

考えれば当然です。
変な話、今の若い人たちにしっかりとされていては、もはや私たちは立つ瀬がありません。
まだまだ世間のことなどわかっていない。
親の庇護のもとで育ててもらってきた人でも、何故か自分ひとりで生きてきたような顔をしながらスマホを生意気にいじっています。
そこに感謝の気持ちも、挨拶や礼儀もわかっていない。
我が子を見ていて痛感します。
何より、仕事の意義はおろか、感謝すること、挨拶の大切さに気付けていない。
もっと言うと、自分というのは周りのいろんな人のお陰で生きてこれているということにさえ気づいていない。

ましてや保育という仕事の意味、
保育者が子どもたちに与える人的環境としての自身の在り方、
保護者との意思疎通の大切さに気付いていない。

見えていない人は多いのも事実だろうと思います。

私たち自身が学ばなければいけない

しかし・・・。
学生スポーツの世界ではしばしばあることですが、
例えば全国制覇をした高校の監督が、後に違う高校で指導するようになると、
その転任先の高校が数年後に全国制覇を果たすなどの現象が見られます。

今まで「ダメだった」メンバーが、優秀な指導者に出会って「優秀な」メンバーへと開花していくのです。
彼ら、彼女らにとっては、自分たちに変化はないのです。
「監督が変わった」ということだけが外部の変化要因です。

つまり、未熟な学生を指導する指導者が、しっかりと開花させてやれるように、
マインドにアプローチしてあげさえすれば「そんな若い人たち」でも開花するのです。

そのことを日体大の集団行動を指揮した清原伸彦氏は身をもって私たちに語りかけてくれているように思います。

ということは、実は学ばねばならないのは彼ら、彼女らではなく、
私たちが「成熟していなければならない」方ではないのかなと思うのです。

私たちがしっかりと未熟な若い人たちを指導して、
仕事の意義や楽しさに気付かせてあげること。

仕事のすばらしさを見せてあげることができる筈の私たちがしっかりと自身を高め、
若い人たちを誘ってあげることが重要なのではないかと思っています。

私たちがしっかりと学び、豊かな人的環境として後輩を育成、指導していくこと。
同時に、彼ら、彼女らの成長する様を鏡として、
もっと私たち自身が成長を映し出していければ良いなと思っています。

そのためにも私たち自身が自身を高め、様々なことから多くを学び、
人としての厚みを備えていかなければならないのだと考えています。

保育園、こども園のマネジメント

今は、保育界においても「マネジメント」の必要性が叫ばれています。
巷には「マネジメント」関連の本であふれています。
指導者層にとって「マネジメント」は必要不可欠の知識です。

けれど、上から目線で
「教えてやろう」
「若い人たちはわかっていないから指導してやろう」
と、マネジメントという「武器」を振りかざしたところで全くもって良い効果は期待できません。

そもそも、指導する側が
「どんな人も必ず成長していけるんだ」という「マインドセット」を心に抱き、
「自身の成長が若い人たちの成長につながっていくのだ」ということを正しく理解して、
自分を振り返るということができなければ、
武器を振り上げられる若い人たちには迷惑なお話です。

かつて私が、リーダー研修を受講していた側であった時、
実はこの様なリーダーに数多くお目にかかってきました。

少しマネジメントを学びだすと、したり顔で「それってマネジメント的に言うと・・・」などと得意満面に語りだします。
あれはひどい。
マネジメントは人を育て、組織を作る上で非常に有効な「道具」なのですが、
正しい使用上の注意をよく理解する必要があります。

使用上の注意を理解せず振りかざす方は結構いらっしゃるのです。

「最近の若い人たちは・・・」そう私たちが嘆きたくなるのは、
「成熟した指導者」という私たちに突き付けられた課題をクリアする自信がないから、
そこから逃げている私たち自身が、逃げる口実として、その矛先を「若い人たち」のせいにしているだけなのかもしれません。

そして、それこそが、古代エジプト時代から面々と引き継がれてきているのかもしれないなと個人的には分析しています。
古代エジプト人からすると、私も若い人も「目〇〇、鼻〇〇」なんだと思います。
私がかつて若い時は、先輩方の一挙手一投足にまで神経をとがらせていた時期がありました。
朝、タイムカードを打刻する際、先輩の顔色を窺いつつ、「今日はご機嫌だな」や「今日は厳しいかもしれないぞ」と・・・。

決してそんな先輩になりたくないですよね。

「後輩指導」は成長するための「道具」

これからの若い人たちに、「あなたに出会えて多くを学んだからこそ、今の私があるんです」と、言ってもらえるような人として、私自身が成長したいと思っています。
それはきっと園長先生やリーダーと言われる方も同じなのではないでしょうか。

リーダーの方々、園長先生も含め、私もですが、一緒に私たちの在り方を学び、
後輩育成力を図りながら、私たち自身が人として成長し、良い影響を与える人となり、自身の喜びにつなげていければいいなと思っています。
「後輩指導」というのは、そのための「道具」なのだと思います。

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